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かつてローランド地方にラングホルム(Langholm)という蒸留所があった。1765年に創業し、1917年には閉鎖されている。この蒸留所については、アルフレッド・バーナード氏の著書「THE WHISKY DISTILLERIES OF THE UNITED KINGDOM (1886)」の中にも書かれているのだが、その記事の中に『バーチ・ウイスキー (Birch Whisky)』というちょっと聞きなれない言葉が出てくる。当時のラングホルム蒸留所のマネージャーが、その秘伝の製法を父親から受け継ぎ、このバーチ・ウイスキーなるものを造っているとバーナード氏に語ったというのだ。
バーチとは“樺 (かば)”のことだ。樺のウイスキーとはいったい何なのだろう。樺材で作られた樽で寝かされたウイスキーのことでは?と、おそらく最初は誰もが考えるのではないだろうか。しかし調べてゆくうちに、この木の材質はどうやら酒樽に向いていないということがわかってきた。だとすれば、細かいチップ等に加工し、風味づけに使用したということも考えられる。だが、はたして樺の木の風味は、ウイスキーと合うのだろうか・・・?
樺とウイスキーの相性なら、実際に樺材をウイスキーに浸してみればわかることだ。ちなみに樺の木のエキスには薬効があるという。「バーチバーク (barkとは樹皮のこと)」の名でハーブティーが販売されているので、これをウイスキーに浸してみようと思い立った。また同名のエッセンシャルオイルも世の中にはある。エッセンシャルオイルなら、瞬時にウイスキーとの相性が判断できる。幸いどちらも入手することができた。さっそく実験である。
ベースに使うウイスキーにはボトラーズボトルのローズバンク16年(56.5%)、それとオフィシャルボトルのグレンキンチー10年(43%)の2種類をチョイスした。ローランドモルトを選んだのは、ラングホルムのウイスキーの味になるべく近づけたかったからというのもあるが、むしろニュートラルなスコッチの風味との相性が知りたかったからという理由の方が強い。第一、バーチ・ウイスキーはブレンデッドウイスキーだった可能性だって充分ある。加えた分量だが、ハーブティーはウイスキー50ミリリットルに対し大さじ1杯ほど、エッセンシャルオイルはウイスキー400ミリリットルに対し1滴とした。4つのサンプルは密閉し、常温で24時間放置した。
さて実験結果だが、いずれのサンプルにも同じ系統の特徴的な香りがしっかりと付加された。私は真っ先に膏薬を連想した。そしてヘアトニック、レモングラス、森林等を思わせるアロマが次々に現れる。余談だがヘアトニックといえば、昔「ミスタア・ロバーツ」という映画で、薬用アルコールをコーラで着色し、ヨードチンキとヘアトニックで風味をつけてスコッチの偽物を作るという場面があった。そんなことを思い出し思わず苦笑。
ちなみに後からわかったことだが、バーチバークには抗リウマチ、関節炎の緩和などの効能があるそうだ。かつてカナダのイヌイットが治療に用いていたともいう。「真っ先に膏薬を連想した」私は、思わずほうと唸ってしまったのだが実際に関係あるかどうかはわからない。
極めて個性的ではあるが、バーチ・ウイスキーの香りは決して悪いものではないとも思う。しかし、ウイスキーと樺の木が合うかどうかという問いに対しては、普及しなかったという事実がすべてを物語っているのではないだろうか。