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先月末、『ウイスキー通信』15号のテイスティングのためスコッチ文化研究所にお邪魔してきたが、そこで興味深いグレン・グラントに出会った。なんとピーティでスモーキーなのだ。グレン・グラント蒸留所ではノンピート麦芽しか使用しないし、このスモーキーなグレン・グラントももちろん例外ではない。では、なぜスモーキーなのか?
マスターディスティラーのデニス・マルコム氏の説明によると、まだシーグラム社系列だったころにアイラ産のモルトの空き樽に“間違えて”詰めてしまったのだという。この話を聞いたとき、ブレンデッドモルトの「セレンディピティ」を思い出した。「セレンディピティ」はアードベッグ蒸留所が、アードベッグのボトリングをする際に誤ってグレン・マレイを混入してしまったというブレンデッドモルト。当初は廃棄する予定だったが、これが意外にも美味しかったため、“セレンディピティ(偶然な幸運、もしくはそれを引き寄せる能力といった意味)”と名づけリリースした。
さてこのグレン・グラントのテイスティングだが、トップノートではドライな煙がツンと鼻を刺激し、そのあとに芳醇な果実香がやってくる。そして口に含むと、桃のキャンディと懐かしいパフューミーなニュアンス。マルコム氏はアイラのどこの蒸留所かまでは明かしてくれなかったそうだが、明らかに80年代に蒸留されたボウモアだとわかる。あくまでも仮定だが、1980年ヴィンテージのボウモアが12年間寝かされた樽だとすると、年月のつじつまは合う。パフューミーなニュアンスは個人的には苦手だが、お好きな方にはグレン・グラント版の「セレンディピティ」といえるかもしれない。
なおこのグラント、蒸留所でしか購入できない限定商品だ(現在オフィシャルサイトでは、樽違いの19年物が紹介されている。樽ナンバーが近いため、恐らく同様な仕上がりだと思われる)。容量はフルではなく、500mlのボトルに詰められている。以下に詳細なスペックを記しておく。
Distilled | 12.Feb.1992 |
Bottled | 14.Aug.2012 |
Age | 20yo |
Alc. | 55.7% |
Bottles Released | 360 |
Cask Number | 17165 |
なおアイラの樽で寝かせたグレン・グラントをネットで検索してみると、ボトラーのイアン・マクロードがドイツ向けに詰めたものがあるようだ。
シーバス・ブラザース社(ペルノ・リカール社系列)が、バランタイン17年の「シグネチャー・ディスティラリー」シリーズを発表したのが昨年のこと。バランタインは40種類以上の原酒がブレンドされた、スコッチを代表するブレンデッドウイスキー。その中の4種類のキーモルト原酒、グレンバーギ、スキャパ、ミルトンダフ、そしてグレントハースを、それぞれの蒸留所ごとに特徴を際立たせたのが「シグネチャー・ディスティラリー」シリーズだ。昨年リリースされたのはグレンバーギ・エディション(免税店向け)とスキャパ・エディションの2種類。そして第3弾として、ミルトンダフ・エディションがこのたび発売された。なお残るグレントハース・エディションは来年リリースの予定だという。もちろんいずれも数量限定の商品だ。
ミルトンダフといえばバランタイン、バランタインといえばミルトンダフといってもいいくらい、原酒の中でもミルトンダフはちょっと特別な存在だ。「シグネチャー・ディスティラリー」シリーズの4本の中では、真打といえるだろう。「ミルトンダフというモルトは、バランタイン17年の土台になり、ブレンドにおいてその実力を発揮します。ミルトンダフのキャラクターは、他の原酒の目立ち過ぎる特徴を馴らすのです。シナモンのニュアンスがブレンドに温もりを与え、花の香りが他のモルトのフルーティな甘みのバランスをとります。」と、メーカーは説明している。ブレンドを行ったのは、もちろんマスターブレンダーのサンディ・ヒスロップ氏。
なお『ザ・スコッチ -バランタイン17年物語-』(グレアム・ノウン著・1996年)の中で、先代のマスターブレンダー(当時は現役)であるロバート・ヒックス氏は、バランタイン17年におけるミルトンダフの役どころについて次のように述べている。「木の芽のような、かすかに蜂蜜がかった豊かな香りを与えてくれる。(中略)夏の花の香りが匂い立つように強く、全体のトーンを完璧に整えてくれる・・」。すなわちミルトンダフは、個性豊かなモルトたちのまとめ役ということなのだろう。
昨年のスキャパ・エディションは、もともと韓国市場向けに出されたものだったが、バランタインの代理店サントリーが日本にも引いたので飲まれたかたも多いと思う。まずまずの仕上がりで、「Whisky World」誌主催の Whisky World Award 2012 でも、ブレンデッド/ブレンデッドモルト部門で本命と目されていたデュワー・ラトレー・ブレンデッドモルトを押し退け、みごと最優秀賞を獲った。ミルトンダフ・エディションの仕上がりには、自ずと期待が高まる。
このたびバカルディ社は、シングルモルトのグレン・デヴェロンを免税店向けにリニューアルした。ラベルやパッケージのデザインも一新され、「ロイヤル・バラ・コレクション」という新シリーズでの発売となる。グレン・デヴェロンはこれまでは10年が主力商品だったが、新シリーズは16年、20年、30年と長熟にシフトしている。気になるのは価格だが、16年(1,000ml)が40.99ポンド(約6,000円)、30年が150ポンド(約22,000)だという。20年は不明だが、だいたいの想像はつく。
樽のチョイスはもちろん、バカルディ社系列ジョン・デュワーズ&サンズ社のマスターブレンダー、ステファニー・J・マクロード女史だ。彼女は160年の同社の歴史の中では唯一の女性マスターブレンダーで、官能分析と熟成学のエキスパートだという。余談だが今巷で話題のフレーバード・スコッチウイスキー、「デュワーズ・ハイランダーハニー」は彼女が手がけた製品。実はこれ、スコッチとしては初のフレーバードウイスキーなのだが、あのお堅いスコッチウイスキー協会がよく認可したものだ。
閑話休題。グレン・デヴェロンを生産しているのは、マクダフ蒸留所だ。ウイスキー名が蒸留所名でない、数少ないシングルモルトのひとつ。現在バカルディ社が所有している蒸留所は、アバフェルディ、オルトモア、クレイゲラキ、 マクダフ、ロイヤル・ブラックラの5つだが、マクダフとロイヤル・ブラックラはこれまでブレンデッドの原酒供給蒸留所と位置づけられていた。だから今回のグレン・デヴェロン新シリーズのリリースは、ちょっとしたニュースなのだ。
バカルディ社は、もともとシングルモルトの販売には関心が薄く、唯一その気を見せていたのがアバフェルディ。しかしこのアバフェルディも、あくまでもブレンデッドの原酒という位置づけであり、デュワーズブランドの引き立て役に利用されている感は拭えない。オルトモアとクレイゲラキは一応ボトリングはされているものの、本当に売る気があるのか首をかしげたくなるくらい影が薄い。
グレン・デヴェロンといえば、故マイケル・ジャクソン氏がロマンチックな名前だとおっしゃっていたことが思い出される。近年のグレン・デヴェロンは、実はまったく飲んでない。昔のデヴェロンは大変旨かったが、今はどうなんだろうか。もし機会があればぜひ飲んでみたいものだ。
エドリントン・グループ社が、タムドゥ蒸留所の生産をストップしたのが2010年のこと。昨年6月にイアン・マクロード社が同蒸留所を買収したが、来年の2013年にはいよいよ操業を再開するという。イアン・マクロード社は2003年にもエドリントン・グループ社からグレンゴイン蒸留所を買い取っており、これで運営する蒸留所は2つになった。
タムドゥといえば、一時代前の製麦方式であるサラディン式モルトティングにこだわっていた蒸留所として知られる。このサラディン式というのは19世紀にフランス人のチャールズ・サラディンという人物が発明した製麦法で、長さ50メートル、深さ1.5メートル、幅3メートルほどのまるで細長いプールのような箱形のスペースに大麦を入れ、網目状の床から空気を送って撹拌する仕組み。スコップなどを使って人力で撹拌する伝統的なフロアモルティングとくらべ、効率面が大幅に改善された。
このサラディン式は多くの蒸留所で採用されたが、1980年代前半にタムドゥ以外ではすべてが撤廃されてしまった。それを機に自家製麦を廃止した蒸留所も少なくない。自家製麦が廃れた理由は、1960年代から1970年代にかけて登場したモルトスターと呼ばれる製麦業者に、麦芽づくりを委託するというやり方が主流になったため。モルトスターではサラディン式ではなく、ドラム式という低コストで大量生産が可能な新しい製麦方式を導入していた。そのためコストのかかる自家製麦を廃止し、外注する蒸留所が続々と現れた。
よってタムドゥが復活しても、サラディン式モルトティング、ならびに自家製麦は撤廃されることが予想される。コストのかかる物を、わざわざ甦らせる理由はどこにもない。エドリントン傘下の時代には、同系列の他蒸留所(グレンロセスやマッカラン、ハイランドパーク等)に麦芽を供給する役割を担っていたが、すでにその必要もなくなっている。前時代のウイスキー産業を象徴するものがまたひとつなくなることは、コアなウイスキーファンにとっては残念なことだろうが、まあ仕方がない。ちなみにサラディン式モルトティングだが、決して絶滅したわけではなく、その命脈は今日でも細くはあるが保たれている。べリックのシンプソンズ・モルト社やバッキーのグリーンコア社のような大手モルトスターでは、改良が加えられた新型サラディン式モルティングで少量だが麦芽が製造されている。
ブルイックラディのマネージングディレクターであるマーク・レイニア氏によれば、英国地質研究所が出版する『Whisky on the Rocks』という本に、ブルイックラディのウイスキーは「南米の岩のエキスが含まれている」と書かれているらしい。どういうことかというと、ブルイックラディ蒸留所があるアイラ島南西部のリンズ地方の地質は、18億年前に形成されたもので南米大陸の地質と同じものだからだという。
かつて今より海面のレベルが高かった頃、アイラ島はインダール湾とグルーニアートの入り江が繋がっていたと考えられている。すなわち現在のアイラ島は、2つの島が陸続きになりできあがったというわけだ。グルーニアートを境に西と東では地質も異なっており、岩の間を流れる地下水の質もアイラ島の西側と東側では微妙に違っている。
ジュラ島を含む東側は、6~8億年前のカレドニアン造山運動によって形成された背斜(地層が褶曲して山形になっている部分)で、地質はダルラディアンと呼ばれる変成岩(いったんできた岩石が熱や圧力などの作用を受け、構成する鉱物の組み合わせ構造が変化したもの)。一方西側の陸地の形成時期は18億年前まで遡り、地質は角閃岩と堆積砂岩だ。角閃岩も東側のダルラディアンと同種の変成岩だが、堆積砂岩は学術的には変成岩とは区別され堆積岩というカテゴリーの砕屑岩に分類される。砕屑岩は火山由来以外の成分(砕屑物)が堆積したもので、明らかに変成岩とは組成が異なる。
また東側のダルラディアンと西側の角閃岩はどちらも変成岩だが、その歴史は3倍ほども違う。岩の間を流れる水の質が、まったく同じだとは思えない。隣接した場所でなぜそういう現象が起きるのかは、現在広く信じられているプレートテクトニクス(大陸移動説)で説明できる。
18億年前、地球には第3次ウル大陸(現在の南アフリカ、北インドなど)、ローレンシア大陸(東南極、北米、グリーランド、シベリア、スカンジナビア半島など。別名ニーナ大陸)、アトランティカ大陸(南米、中央・北西アフリカ)の3つの大陸が存在した。10億年前にこれらの3大陸は合体し、地球史上初めての単一の超大陸ロディニアを形成、6億年前にはバルティカ(ヨーロッパ)、ローレンシア(北米、グリーンランド、北スコットランドなど)、ゴンドワナ(アフリカ、南米、インド、南極、オーストラリア、アラビア半島、マダガスカル島など)の3大陸に再び分裂。そのときアイラ島の東側を含むスコットランド北部はローレンシア大陸に、ブルイックラディのある西側はゴンドワナ大陸に分断されたのだという。その後、ローレンシア大陸とゴンドワナ大陸は再び衝突し、カレドニアン造山運動が誘発され、東側のダルラディアン変成岩が形成された。
ブルイックラディ蒸留所の仕込み水は、詳しく明かされておらず「背後の丘にある貯水池の水」としか公表されていない。レイニア氏によれば低い丘の泥炭層の沼地から引く水だそうで、岩盤の影響は受けていないという。しかしボトリングの際に加水する水は、堆積砂岩と片麻岩の間を流れてくるダーティ・ボッティの湧水を利用している。すなわち加水タイプのブルイックラディには、南米と同じ18億年前の岩のエキスが含まれているといえるのだ。