エムズ・ウイスキー・ダイアリー 四月馬鹿なウイスキー記事 2011
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ニュージーランドや日本などでの災害の影響もあるのだろう、今年のエイプリルフールは、世界的に見てもおしなべて静かに過ぎ去ったように思う。私も今回は、昨年のような四月馬鹿なウイスキー記事を紹介する気は起きなかったのだが、マスター・オブ・モルトの記事がちょっとした力作だったので、これだけでも紹介しよう。



1906年に蒸留された、105年もののウイスキー見つかる!」
A 105 Year Old Whisky, distilled in 1906

aislatorten105hrs.jpgおよそ8か月前、アバディーン在住の歴史家アリー・シセル氏は、17世紀に建てられたという古い自宅を修繕する準備として地下室を片付けていた。すると部屋の奥で、山と積まれた家財や調度品のものかげに、埃まみれの古びた樽があるのに気づいたという。中を調べてみたところ、アルコールが入っていることがわかった。鏡板には“AISLA T'ORTEN 1906”と書かれてある。そこで彼はマスター・オブ・モルトに、何やら珍しそうな樽を自宅で見つけたのだが・・・と、メールで問い合わせた。

そのメールの内容は常識とはあまりにかけ離れたものであったため、マスター・オブ・モルトのメンバーは最初は信じられなかったという。しかしよく調べてみると、アイラ・トテンという蒸留所がかつて西ハイランドに実在し、しかもそのウイスキーは一度もボトリングされていないことが判明した。そこで彼らはシセル氏に連絡を取り、サンプルを送ってくれるよう頼んだ。取り寄せたサンプルを分析した結果、どうやら本物の古いウイスキーであることがわかったという。

資料によれば、蒸留所を建築したのはアセニアス・シモンヴェントという人物。彼は長年務めていた税吏の仕事をを辞め、アハラクル(西ハイランドの観光都市フォート・ウィリアムより、さらに40キロメートルほど西に位置する村)を流れるシール川(今日ではサーモン釣りの名所として知られる)のほとりに蒸留所を建てることを決意する。その創業資金を捻出するため、地元の小さな複合事業に全財産を投資したという。1904年の始めには首尾よく着工にこぎ着け、1906年2月に蒸留所は完成。石造りの建物の内部には2基のポットスティルが設置され、その上部には異様に背の高いラインアームと精留器が取り付けてあった。仕込み水はシール川から引き、生産能力は年間およそ50,000リットルが見込まれたという。

aislatorten105hr3s.jpg2月17日に操業を開始し、最初の蒸留が行われた。ニューポットが詰められた、記念すべき一つ目の樽がウェアハウスに運ばれた後、悲劇は起きた。蒸留所が出火し、人命は失われなかったもののほとんどの建物と設備は消失したという。幸いだったのは、少し離れた場所にあったウェアハウスだけが、かろうじて被災を免れたこと。アセニアス・シモンヴェントはその3年後、失意の中78歳で世を去ったという。かくしてアイラ・トテンは、わずか1日だけ存在した蒸留所となった。

アリー・シセル氏から届いたサンプルの分析を終えたマスター・オブ・モルトのメンバーは、ウイスキーと樽のさらなる調査を行うため、程なくしてシセル氏の自宅を訪ねた。慎重に精査した結果、本物であるとの確信を得た彼らは、シセル氏に樽を購入したい旨を申し出たという。彼は快諾してくれた。

素晴らしい地下室環境の恩恵にあずかり、樽の保存状態はまさに奇跡に近い。経年変化による木材の痛みは随所に見られるものの、外観の損傷はほとんど見当たらないという。樽の種類はシェリーバットで、びっしりと木目の詰まった上質なオーク材が使われている。

樽からウイスキーを払い出すと、容量は762ミリリットルしかなかった。うち700ミリリットルはフルボトルに詰め、12ミリリットルをテイスティング用として取り分け、残りの50ミリリットルは後世のために、一部の関係者だけしか知らない場所に秘蔵した。

ボトリングしたこのアイラ・トテンを販売するべきかどうかについては、社内で激しく議論されたという。論議を尽くし、最終的には販売することを決定した。このウイスキーは、史上もっとも高価な蒸留酒になるだろう。

Distilled
Bottled
Age
Alc.
Outturn
Cask Type
Cask Size
Price
17th February 1906
8th March 2011
105 yo
40.7%
1
Sherry
Butt
£870,000


といった感じだ。ソースサイトにはテイスティングノートもしっかりと載せてあり、満腹感はかなりある。87万ポンドと言われてもぴんとこないかもしれないが、およそ1億2000万円だ。

確かによく練られた記事ではあるが、細部の詰めの甘さが若干目につく。ポットスティルの説明では、原文では「rectifier」と書かれてあるが、これは「purifier」とすべきだろう。どちらも和訳は精留器だが、構造的には異質なものだ。レクティファイヤーは連続式蒸留器の精留塔か、もしくはポットスティルならローモンドスティルについてるあの円筒状の装置を指す。ハイラム・ウォーカー社がローモンドスティルを開発したのは20世紀の半ばであり、1906年にはまだ存在しない。

それとボトルの画像だが、100年以上シェリーバットに寝かせたにしてはウイスキーの暗赤色度が乏しく、透明感があってきらきらし過ぎている点でリアリティを欠いている(特にネック部分)。ちなみに、私がイメージするアイラ・トテン105年は、こんな感じだ。また樽の保存環境がよくても、半世紀程度の熟成で度数が40%を切ってしまうケースがあるという事実を踏まえれば、105年ものが40.7%というのはやはり不自然だと言わざるを得ない。

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【プロフィール】
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自己紹介:
 1990年頃、スコッチウイスキーの魅力に開眼、次第に傾斜を深めていく。1998年、ウェブサイト「M's Bar」を開設、書き溜めていたシングルモルトのテイスティングノートを公開。2005年、ウイスキー専門誌「THE Whisky World」の発足メンバーに。現在は、試飲のできるリカーショップ「M's Tasting Room」の運営に携わり、ウイスキー関連のイベントでは講師やアドバイザーなども務める。著書に『うまいウイスキーの科学』(ソフトバンククリエイティブ)など。
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